
ジャマイカン系アメリカンの親のもと誕生。幼少期よりワシントン・ハイツのハスリング(手段を選ばない金儲け)で有名なドミニカ人地区で育つ。
ミムズと音楽との最初の出会いは13歳のときにDJ機材を母親からもらったときだ。マイクを握るだすまでは、その影響でDJ、エンジニアリング、プロデュースなどに傾倒する。その頃、妹が生まれるが産後の肥立ちが悪く母親は不慮の死を遂げる。その2年前には父親を亡くしてした。
その悲劇を経て、生き抜くためにマイクを握って生きていくことを決意する。
ニューヨークでの高校にて優秀な成績を収めたミムズは卒業後ナソー・コミュニティー・カレッジに入学。しかしヒップホップへの思いが次第に大きくなり、大学を中退することに。自宅で作品作りに没頭している日々が続いたが、ある日マイアミのプロデューサー、DJ BLACKOUTから一本の電話が入って驚くことに。ミムズが「I Did You Wrong」というシングルを作るために、友人経由でトラックをもらったのだが、それを作っていたのはDJ BLACKOUTで、ミムズはそれを知らずにラップを吹き込んでいたのであった。
「ブラック・アウトがプロデュースしたトラックだってことは知らなかったんだよ。その出来が相当よくて12インチもすって出していたのに、「いいね」って電話もらったときまで知らなかった!驚いたよ。皮肉なことに妹の父親の結婚式にDJ BLACKOUTのマネージャーが来ていてそれがきっかけで、本格的にフックアップするようになったよ。」
この2003年にリリースされた「I Did You Wrong」は各地のラジオでかかりまくり、その話題からメソッドマンと一緒にツアーにも廻ることになる。
そして2006年、ダーティー・サウス・フレイバーのシングル「This is Why I’m Hot」は各地のクラブで火が付き、ニューヨークのHOP97などのラジオでも大成功を収める。「それまでもいろんな曲出してきたけど、この曲には色んな地域の影響が入っている。ダウン・サウスの要素だけじゃなく、ツアーで廻った各地のフレイバーを盛り込んでいるよ。」
このヒットをきっかけに各レコード会社争奪戦を経て、ミムズはEMIキャピトル・レコーズとの契約を決意。
「アーティストとしては予想外のことをやって驚かせたいから、そのつもりでみんなに期待していてほしい。いつもおんなじ感じで攻めるやつではないって思われたいからね。1枚のレコードであっと驚かせてやるさ。まだ始まったばかりだからね。どんどんヤバイの作っていくよ。」





















































