
Kat Deluna「 Run The Show feat. Busta Rhymes 」EICP-1027 / \2,100(Tax Incl.)
全米No.1アーティストAkonプロデュース
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ゴールド・セールス到達シングル「ワイン・ナップ(feat.エレファント・マン)」で大成功デビューを果たしたキャット・デルーナ。
現在20才、次世代スターとして期待される彼女が、新作シングル「ラン・ザ・ショウ(feat.バスタ・ライムス&ドン・オマー)」で再びヒットを狙う。
08年春に発売開始となるキャットのアルバム『9ライブス』。プロデュースを担当したのは、自らマルチ・プラチナ記録を持つインターナショナル・メガスター、エイコンだ。2人は同アルバム向けに、デュエットを制作。もちろん、今年の必聴ソングとなること間違いナシ。
この数カ月で、次代のポップシーンを担うニューフェイスとして注目されるようになったキャット。すでにMTV Tr3sのベスト・ニュー・アーティストに選ばれ、ラテン・ビルボード賞のノミネートも受けた。
『People』『Entertainment Weekly』『USA Today』『Teen Vogue』といった主要メディアにも取り上げられ、『ビルボード』誌からは「偉大なる故セレナを彷彿とさせる力強いボーカルに恵まれたこのドミニカ共和国出身シンガーは、自らの音楽的ムーブメントを生み出さんとしている」と賞賛されている。
驚くほど幅広いキャットのサウンドは、ユニークなミュージック・トレーニングのお陰だろう。学生時代にはオペラ・シンガーとしてレッスンを受けていた彼女は、様々な音楽に触れ、影響を受けてきた。結果、彼女のサウンドはヒップホップ、R&B、メレンゲ、ポップ、ラテン・ジャズ、エレクトロニカ、ダンスミュージックなど、多彩な要素が重なったカラフルなキャンバスとなった。そう、このバイリンガル・シンガーは何でもこなしてしまうのだ。
今でこそ成功を知ることとなった彼女だが、楽なことばかりだったわけではない。ブロンクスで生まれたキャットは、幼少時代をドミニカ共和国で過ごした。そこで彼女が4才になる頃には、友人や家族は彼女の才能に気付いていたという。その後、家族と共にアメリカに戻った彼女。次なる場所は荒れたNJ州ニューアークのストリートだった。戻って間もなく、9才の彼女は両親の離婚にインスピレーションを受け、初めての歌「エストイ・トリステ」(悲しい)を書く。「あの曲ではお母さんに向けて、この状況について私がどう感じてるかを歌ってるの、彼女にパパのせいで涙を流さないで、って」とキャットは語る。
父親が去り、やむなく近所の人々に食べ物を請うことさえあったが、この経済難が当時まだ小学生ながら冷静だった彼女に、学校をきちんと卒業し、自分の芸術的目標に向けて努力したいと思わせたそうだ。そのうち地元のイベントでパフォーマンスを始めた彼女は、ミリー・ケサーダ、マーク・アンソニーといったラテン・アーティストとステージを共にし、暇さえあればアレサ・フランクリンやビリー・ホリデイのレコードに耳を傾け、自分のカラオケ・マシーンで毎日真似ていたそうだ。
そんな目標を胸にした14才の彼女は、かつてホイットニー・ヒューストンやセヴィアン・グローヴァー、ティーシャ・キャンベルも在籍していたニュージャージーの芸術高校に入学する。そして、ひっきりなしに『The Village Voice』紙のページをめくってはオーディションを探し、自分の才能を世に広めるきっかけを探していたというキャットは、ヒップホップ/R&B系ラティーナ・ガールズグループ、コケットを組むことになる。
コケットとして活動中も世界で活躍するパフォーマーを目指す彼女は、常にさらなるチャンスを探していたという。そして15才、ついに運命の時が来る。とあるカラオケ・コンテストで彼女はホイットニーの「I Will Always Love You」を歌い、優勝。このコンテストを通して著名キューバンサルサ・シンガーのレイ・ルイースに出会う。そしてルイースは彼女が現在も心に留めるアドバイスを与えるのだ。
「自分ほど自分自身をわかる人はいない。自分で自分の道を切り開いて、初めてほかの人にも手助けしてもらえるようになるんだよ」
以来、キャットは積極的に自分のオリジナル音楽制作を始め、それは現在も続いている。





















































